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野茂投手、お疲れさまでした

7月17日に、野茂投手が、引退を表明しました。
野球に詳しくない私でも、野茂投手の功績は、大きかったと思いました。
野茂投手が、大リーグに行くと、発表した時は、
おめでとう、がんばって、という感じは、あまり、なかったように思います。
まわりの人も、マスコミの対応も冷たい印象でした。

それから、頑張って、活躍して、新聞にも、たくさん、載っている姿を目にするようになりました。
あまり、語らなくて、無表情な姿が、日本のサムライ、開拓時のガンマンみたいだとか、
褒められたり。
それまで、日本の野球と、本場のアメリカの野球では、
どこか、隔たりがあると思っていたのですが、
そこで活躍して、評価されていた野茂投手は、隔たりを無くしてくれたようで、すごいなあと思っていました。

そのおかげで、後から続くイチロー選手だとか、松井選手、松阪選手だとか、
華々しい雰囲気の中、向こうに行けてるように思います。

野茂投手、お疲れさまでした。
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野茂投手のニュースで思い出すのは

ロバート・ホワイティング (映画俳優ではありません) の
「和をもって尊しとなす」という、いささか皮肉な題の本です。
日本の「野球」とアメリカの「ベースボール」は違う、と書いた本です。
良くも悪くも「横並び」が一般的な日本と違うアメリカの大リーグで
長い間活躍するのは大変な苦労だったと思います。
しかも祝福されて渡米した訳でもありません。

サッカー選手でも同じように苦労した人がいます。
ヨーロッパへ渡って活躍した日本人第一号は奥寺康彦氏ですが、
彼の場合は祝福されて送り出され、活躍しました。
もう一人、祝福もされず問題を起こした選手として冷たく
見られていた人がいます。
日本リーグ時代で、一般の興味も引かなかった時代の話ですが、
三菱 (現浦和) に所属していた尾崎加寿夫氏です。
単独で渡独し、アルミニア・ビーレフェルトという2部のチームに入りました。
奥寺さんのいたチーム (ブレーメン) と対戦したのをTVで見た事があります。
試合はブレーメンが勝ちましたが、尾崎さんも一点取りました。
その頃の日本代表はいつも韓国に負けていてワールドカップに
出る事が出来ませんでした (アジア枠は一つしかなかったのです ) 。
その時も決勝で韓国に負けて、後一歩でしたが、TVでのインタビューで
奥寺氏も尾崎氏も、日本が出場し、代表に呼ばれたら行きます、と
語っていました。
奥寺氏のその後は重ちょうな様ですが、尾崎氏は身体を壊し、解説者になりました。

ブラジルへ単身で渡った三浦知良選手も不運だったともいます。
同じTV番組で「夢は日の丸背負ってワールドカップです」と言っていました。
その時のワールドカップのアジア最終予選は引き分けて出られず、
次の大会の時は盛りを過ぎていて代表を下ろされてしまいました。

日本の枠に収まりきれず、外へ飛び出した人、特に先駆者は大変な
苦労をしていると思います。
スポーツ選手は子供たちに限らず、夢を与えてくれる人たちだと思います。
ゆっくり休んでから次の一歩を踏み出して欲しいですね。

訂正です

「和をもって日本となす」が正しい書名でした m(_ _)m

>日本の枠に収まりきれず、外へ飛び出した人、特に先駆者は大変な
>苦労をしていると思います。
>スポーツ選手は子供たちに限らず、夢を与えてくれる人たちだと思います。
>ゆっくり休んでから次の一歩を踏み出して欲しいですね。

そうなんですね。。。
そういう人たちの存在を、忘れないうにしたいです。
ホント、ゆっくり休んで、充電して欲しいと思います。

この間から

ブログのURLの頭にユニコーンのアイコンが付くようになりましたね。
全然関係の無い事ですけど。

そうなんですよ

私もあれ?って、思っていました。
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「かならずにっき」は、
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